Why sake needs Kosher?

日本で広がるコーシャ酒

岐阜県は、「日本のシンドラー」によって、ユダヤ人にとって特別な聖地となった。この地を訪れる人はまた、ユダヤ教の戒律に則った酒を飲むことができる。

高山市の市場裏に隠れた居心地のいいバーで、私は、舩坂酒造の社長、35歳の有巣弘城氏と「コーシャ酒」(コーシャ認証を受けた日本酒)を酌み交わしていた。同酒造では、ユダヤ教の食の戒律に従って、この百薬の長を醸造しているのである。

私が「カンパイ」というと、有巣さんは眉を上げながら、「ルヘルム」と応じた。

かけ離れているように思える文化を背景に持つ二人のこの乾杯は、「日本のシンドラー」と言われている杉原千畝の功績に由来する。杉原は、リトアニアで領事代理を務めていた1940年に、約6千人のユダヤ人にウラジオストック経由で日本に逃げるための「命のビザ」を発行してホロコーストから救った。日本がドイツと同盟を結んでいたことや、閉鎖的な移民政策で知られていることを思えば、この偉業に対する感銘はさらに深まる。

杉原千畝は、第2次世界大戦のヒーローとしてはそれほど有名ではないが、2000年には、彼の生まれ故郷である岐阜県八百津町に杉原千畝記念館が開設され、ユダヤ人観光客の間で人気が高まっているが、私が日本酒で乾杯した、活気に溢れた高山市を含む「千畝ルート」を旅するイスラエル人は特に多い。2013年には3千人にも満たなかったイスラエル人観光客の数は、今では合計で年間1万人を超えるようになり、全体として、岐阜県への外国人観光客の数は過去10年間に8倍に増えている。杉原氏に敬意を表するユダヤ人観光客のニーズに応じて、「コーシャ酒」が地元の特産品として台頭するようになった。

「グローバリゼーションの時代には、共存できることが重要になります。杉原千畝が行ったことには、共存するために努力するという、大きな意味があります。日本人がユダヤ人と一緒に酒を飲めるというのは、その完璧な例でしょう」と有巣は話す。

田んぼで米を耕すエドリー師。酒は、水、米、麹(菌の一種で、酵素が発酵プロセスの触媒として機能する)という3つのシンプルな材料で造られており、どれも、本質的にコーシャである。

ビンヨミン・Y・エドリー師提供

東京と京都の間、日本アルプスの丘陵地帯に位置し、温泉と素晴らしい山の景観に恵まれた岐阜県を訪れれば、美しい自然だけでなく、八百津町の記念館や、杉原が救ったユダヤ人たちが上陸した敦賀港にある人道の道敦賀ムゼウム等、数多くの、杉原を記念した様々な観光地や、高山で提供されるコーシャ酒を通じて、ユダヤ文化と日本文化の融合を体験することができる。

 

杉原千畝は、人類の歴史における最も暗黒な時代に、ユダヤ人を救うために、政府の指示を無視して行動し、まるで映画のような人生を送った。この地におけるコーシャ酒の台頭は、500年の歴史を持つ、ユダヤ文化と日本文化の融合のあくまでも最新の動きというに過ぎない。

日本におけるユダヤ人の歴史は、少なくとも、キリスト教に改宗したスペインのナポリユダヤ人がマカオからの黒船で長崎に着き、ユダヤの伝統を再開した16世紀にまで遡る。米国と当時の日本の封建的軍事政権との間の条約である、日本の孤立主義的政策を緩和した1861年の日米和親条約以降、日本に定住するユダヤ人家族の数は増え、明治時代である1985年には、日本で初めてのシナゴーグが開設されている。

東京と京都の間、日本アルプスの丘陵地帯に位置し、温泉と素晴らしい山の景観に恵まれた岐阜県を訪れれば、美しい自然だけでなく、ユダヤ文化と日本文化の融合を体験することができる。

第二次世界大戦中の杉原の勇敢な行動により、ユダヤ人住民の数は増加した。現在、最も有力な日ユコミュニティは東京と神戸にあるが、最近、岐阜県を訪れるユダヤ人韓国客が増えたことや、コーシャ日本酒が台頭してきたことは、2つの文化の融合を新たに象徴するものだといえる。

2017年、 有巣社長は杉原の功績を知ろうとして岐阜を訪れるユダヤ人観光客が増加していることに気づいて好奇心を持ち、そのニーズを満たすためもあって、調査をしてみることに決めた。社長の母親(有巣栄里子さん)は本陣平野屋花兆庵という旅館を営んでおり、ヘブライ語の市街地図を切らさないようにするなど、訪れる人がみな快適に過ごせるように心を砕いており、社長自身も「おもてなしの精神」を受け継いでいた。年間1万人のユダヤ人がこの地域を訪れるのなら、日本文化の要である酒を是非楽しんでほしいと考えたのだ。

そしてある時、山口県の酒造メーカーである旭酒造が、2010年に、地元のユダヤ人コミュニティを通じて、日本でハバド・ルバヴィッチ教会を運営する主任ラビであり、食品及び飲料のコーシャ指定を行う権限を有する組織であるコーシャジャパンも運営しているビンヨミン・Y・エドリー師にコンタクトを取り、獺祭がコーシャ認証を受けたという噂を耳にした。

エドリー師は有巣社長に、獺祭はハラーハー (ユダヤ法)に従っていることを証明するラビ認証である、ヘフシェールを受けた最初の日本酒と話した。2014年には、バラク・オバマ大統領が東京を公式訪問した際にコーシャ認証を受けた獺祭が贈られ、また、2015年には、ホワイトハウスの公式晩餐会で、安倍晋三首相と一緒に獺祭を飲んでいる。

2015428日、ワシントンDC – ホワイトハウスのイーストルームで開かれた公式晩餐会において、酒で乾杯するバラク・オバマ大統領(右)安倍晋三首相(左)

ラビは、酒造がユダヤ教の食の戒律であるカシュルートを順守しているかどうか判断するため、約250項目のチェックと化学分析を含む徹底的な調査を行って、ゼラチン(豚の皮から作られることが多い)等、コーシャでは認められない成分が含まれていないことを確認する。純粋な日本酒(英語では一般的に「サケ」と呼ばれているが、日本語では単に「アルコール類」を意味するに過ぎない)は水とコメ、麹(菌の一種で、酵素が発酵プロセスの触媒として機能する)だけで造られているので、本質的にコーシャである。

酒造メーカーが日本酒に、小麦や大麦、ライ麦などの穀物から作られたアルコールを加えている場合には問題が生じる。 梅の風味など、添加物が加えられていれば酒はコーシャではなくなる。ラビは、全工程を通じて、コーシャではない酒と同じ器具が使われていないことを含め、日本酒が完全にコーシャであるように監督する。

舩坂酒造は2018年に、「深山菊秘蔵特別純米」に対してエドリー師からコーシャ認証を受けて以来、1本1580円(約15ドル)で6千本を売り上げた。エデリー師との親交を深める中、岐阜を訪れるユダヤ人観光客のニーズに応じようと、有巣社長は、今では売り手がヘブライ語の看板を掲げ、道行く人に「シャローム」と挨拶するようになった朝市のそばにコーシャレストランを開店した。このレストランでは様々な和食を出すが、神戸牛に負けないくらい有名な飛騨牛もコーシャ料理として出そうと計画している。

エドリー師と舩坂酒造(高山市)当主。コーシャ酒を造っている酒造はまだ、十社程度に過ぎない

日本酒の第一人者でありSake Confidential(Stone Bridge Press刊、2014年)の著者でもあるジョン・ゴントナーは、2018年までは、コーシャ認証を受けていた日本酒は2銘柄に過ぎなかったが、今では南部美人、梵、菊水、天の戸等、10銘柄を超えたと話す。コーシャ日本酒を扱っている酒造はどれも、高品質な製品を取り扱う、アウトリーチ力のある「注目に値する優れた生産者」だと指摘する。

カンザス大学で日本の歴史と食文化を教えるエリック・C・ラス教授は、コーシャ認証は、まだ知られていない酒造にとっては特に、素晴らしいビジネスチャンスになると言い、「国内では、日本酒の売上はビールと比較して低迷しており、日本酒業界の成長は海外市場にかかっているといえる。日本の国内外でコーシャを守っている人たちに日本酒のニッチ市場を見つけるというのは賢明だ。アメリカ人も、コーシャワインの代わりに飲める飲み物があれば喜ぶだろう」とコメントする。

「焼酎ハンドブック」(Telemachus Press、2020年) の著者であり、日本政府の泡盛・焼酎大使を務めるクリストファー・ペレグリニも、コーシャ酒のトレンドは、日本が競争と進化に向かっている証拠であり、「日本のアーティストや企業は、海外のものを取り入れるのがうまい。改良して、日本で成功させてしまうこともよくある」と話す。

DHC酒造の入り口に立つエドリー師                ビンヨミン・Y・エドリー提供

ここ10年日本では外国人観光客のブームが続いていることから、食品・飲料業者の間では、ベジタリアンやヴィーガン、グルテンフリーの需要が高まっており、「日本食のコーシャ認証も同様に高まるはずです」とペレグリニは話す。

グローバルな市場に進出するため、コーシャ酒を造っている旭酒造では、ニューヨーク・ハイドパークのカリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカの近くに酒造を建設中であり、同校と正式に提携する予定である。

杉原と関連付けられた酒がすべてコーシャというわけではない。八百津町の酒造である蔵元やまだ(山田直和社長)では、2017年から、アルコール度17%の純米吟醸酒、杉原ラベルを販売している。杉原千畝記念館に近いため、千畝ルートから多くの観光客が訪れる。コーシャ認証は受けていないが、地元の英雄に対する称賛が込められており、文化は異なっても、互いに理解し共感できることの証となっている。

私が、杉原千畝を記念して開館された資料館(杉浦千畝Sempo Museum、東京)を訪れた時、千畝の孫、杉原まどかは、杉原ラベルについて、「祖父に捧げるラベルを作ってくれたことを大変光栄に思います」と話した。

彼女はまた、ユダヤ人亡命者の名前や、祖父を扱った日本の映画やミュージカル、テレビ番組についての展示を案内しながら、「千畝」という名前の日本酒を作って記念館で販売する予定だが、コーシャにするかどうかは未定だと言う。

Sempo Museum前の杉原まどか(杉浦千畝の孫) ロス・ケネス・アーケン提供

だが、コーシャ認証があるかどうかは、日本酒好きにとっては重要な問題ではないのかもしれない。イスラエルの企業、ミズマ・ベンチャーズの共同創設者であり、世界でも有数のコーシャワインやコーシャ蒸留酒のコレクターでもあるアイザック・アップルボームは、杉原と酒とのつながりだけでも、十分インパクトはあり、「ストーリーがあれば、絶対に違いが生まれます。2種類の日本酒があったとしたら、心の琴線に触れる方を選ぶでしょう」と言う。自分はコーシャの酒を好まないわけではないが、コーシャ認証があるかどうかは、何を飲むかを決めるのにほとんど影響を及ぼさないと言う。「1パーセントルールというのを自分で決めているんです。つまり、99%が経済的な理屈で、信仰は1%」、つまり、あくまでも質の高い酒を効率よく手に入れることが大事で、買い物や飲み物を決めるのに、宗教は最も大きな要因ではない、ということだ。

日本酒は、神道の儀式でも重要な役割を果たすものなので、人種の違いを超え、日本とユダヤの文化を融合させるコーシャの日本酒には、どこか詩的なものがある。

「日本にいる時、安息日やハヌーカにコーシャ酒を飲むのは、お祝いにはうってつけです。日本には反ユダヤ主義はほとんどありませんから、ありがたいことに、日本では、堂々とユダヤ人として生活することができますし、一緒にお祝いをすることもできます」と言い、人種や宗教、国籍の違いに関わらず、思いやりを分かち合うという、杉原が日本に残した伝統を称えた。